弊事務所ではこれまで,脳外傷後の高次脳機能障害に関するご相談を多数お受けしてきました。
そこで今回は、高次脳機能障害について,基本的な内容をまとめてみました。
カルテや画像といった資料のなかで,どのような点が重要なのかを中心にご説明いたします。
■高次脳機能とは,「記憶,思考,言語,さらに感情や意欲まで大脳の働きが生み出しているものをまとめて高次脳機能という」
■臨床像として,多彩な認知障害,行動障害,人格変化を認める
■認知障害:
記憶・記銘力障害
注意・注意力障害
遂行機能障害
■行動障害:
周囲の状況に合わせた適切な行動ができない
複数のことを同時に処理できない
行動を抑制できない
危険を予測・察知して回避的行動をすることができない
■人格変化:
自発性低下
衝動性
易怒性
幼稚性
自己中心性
病的嫉妬・ねたみ
強いこだわり
■これらの典型的な症状は,主として脳外傷によるびまん性脳損傷を原因とする。 局在性脳損傷(脳挫傷,頭蓋内血腫など)との関わりも否定できない
■急性期には重篤な症状が発現していても,経時的に軽減傾向を示す場合がほとんどである
■後遺症の判定では,急性期の神経学的検査結果に基づくべきではない。 経時的に検査を行って回復の推移を確認すべきである
■認知症と失語症は典型的かつ有病率の高い高次脳機能障害であるが,近年一般的に認知されるようになってきた行政用語としての「高次脳機能障害」では,認知症と失語症を含めない
■高次脳機能障害を評価する上で,客観的な資料として,神経心理学的検査の結果は重要である。神経心理学的検査の結果はできる限り網羅的に収集することが望ましい。
■代表的な神経心理学的検査:
包括的検査⇒MMSE,WAIS-III
注意⇒標準注意検査法(CAT),注意機能スクリーニング検査(D-CAT),BIT行動性
無視検査(BIT) Trail Making Test (TMT)
記憶⇒ウェクスラー記憶検査(WMS-R),リバーミート行動記憶検査(RBMT)
遂行機能⇒遂行記憶障害症候群の行動評価(BADS),ウィスコンシンカード分類検査(WCST),Frontal Assessment Battery (FAB)
失行⇒標準高次動作性検査(SPTA)
視覚認知⇒標準高次視知覚機能検査
■MMSE:
スクリーニング検査。記憶,見当識,注意と計算,言語,視覚構成を測定する。所要時間15分。MMSEはもっとも多く使用されている簡易知能評価スケールのひとつ。 見当識(=「今何時か」「自分はどこにいるか」等、日時や場所などの基本的な状況把握をする能力のこと)や記憶、注意、言語あるいは文章指示に従い、模写などの認知機能を評価する検査方法。正常値は27~30点(30点満点)。このMMSEの総合得点が20点以下の場合には、認知症など認知障害がある可能性が高いが、健常者や神経症の人が20点以下を取ることはきわめて稀であるとされている。21~26点の場合には、軽度認知障害の疑いがあると判定される。
■WAIS-III:
全般的知能の指標IQと,言語理解,知覚統合,行動記憶,処理速度の4つの群指数が得られる。所要時間90分
■CAT(標準注意検査法):
注意機能全般(容量,持続,選択,変換,配分など)を評価。所要時間100分
■D-CAT(注意機能スクリーニング検査):
注意,集中力をみる検査。数字の抹消を行い,見落としや,作業量の変化を評価。所要時間10分
■BIT(BIT行動性無視検査):
半側空間無視検査と行動検査。所要時間45分
■TMT(Trail Making Test):
精神運動速度を評価する検査。注意の持続と選択,視覚探索・視覚運動協調性などを評価。1~25の数字が不規則に配置されている専用の用紙を使用する。できるだけ早く、かつ正確に1~25の数字を順に線で結ぶことを求め、その時間を測定する。得点はこの所要時間で表される。検査の所要時間は約15分。正常人はpartAとpartBにあまり差がないが、前頭葉機能障害では大きい差が生じる。
■WMS-R(ウェクスラー記憶検査):
言語性記憶,視覚性記憶,注意/集中,遅延再生など記憶の各側面を評価し,標準化指標を示す。所要時間90分。WMS-Rは世界的に最もよく使用されている総合的な記憶検査である。言語性記憶、視覚性記憶、注意・集中力、遅延再生といった記憶の様々な側面を測定する。平均は100、標準偏差は15
■RBMT(リバーミード行動記憶検査):
1985年にイギリスで開発された記憶障害を調べる検査である。この検査の特徴は、記憶障害患者が日常生活で遭遇する状況を可能な限り再現することで、実生活にどれくらいの影響があるのかがわかることである。所要時間45分
■BADS(遂行機能障害症候群の行動評価):
日常生活上の遂行機能(目標設定,計画立案,効果的行動の能力)を総合的に評価。 所用時間60分。BADS は、カードや道具を使って行う、日常生活上の問題点を評価する検査。24 点満点で採点され、「障害あり」「境界」「平均下」「平均」「平均上」「優秀」などの障害区分に評価される
■WCST(ウィスコンシンカード分類検査):
概念の形成とその転換の柔軟性を検討する検査。所要時間30分
■FAB(Frontal Assessment Battery) :
前頭葉機能をベッドサイドでスクリーニング。所要時間10分
■PASAT(定速聴覚連続付加検査)
連続して読み上げられる一桁の数字を、先に述べられた数字に順次暗算で足していく検査である。聴覚性の注意の持続と選択などが評価される
■MRI,CTなど画像検査により,認知障害の原因と考えられる脳の器質的病変の存在が確認できることが診断上,重要である。ただし,「高次脳機能障害者支援の手引き(改訂第2版)」における高次脳機能障害診断基準では,画像上,脳の器質的病変の存在を明らかにできない症例であっても,症状や他の疾患など除外項目を慎重に評価することで,高次脳機能障害として診断されることがありうるとされている。
以上です。
(追記:なお,平成29年7月14日金曜日にメディカルリサーチ株式会社が主催する医療鑑定セミナーで高次脳機能障害について講演する予定です。高次脳機能障害の診断について,わかりやすく説明いたします。ご興味のある方は,ぜひご参加ください。http://www.medicalresearch.co.jp/seminar/2017/660/)